グローバルで使われている理論をもとに不動産投資のコンサルティングを行う猪俣淳さん。ご自身でも新築・中古を取り混ぜ8物件28戸を所有する不動産投資家としての一面を持っています。そんな同氏に「不動産投資の基本スタンス」「不動産市場の分析方法」「現在の収益物件マーケットの状況」「出口戦略の考え方」などについて伺いました。
【猪俣淳さんプロフィール】
不動産コンサル会社、アセットビルド代表取締役。一級建築士、宅建士、CPM ®認定不動産管理士など国内・海外の30を超える資格を保有。資格の領域は、建築・不動産・管理・投資・金融/保険に及ぶ。不動産投資に関する著書多数。2022年11月に大著『誰も書かなかった 不動産投資の出口戦略・組合せ戦略〈詳細解説改訂版〉』(住宅新報出版)を発表。
猪俣淳さんの連載コラムはこちら(LIFULL HOME'Sへの外部リンク)
目次
不動産投資を組み立てる3要素は、自己資本、キャッシュフロー、期間
-猪俣さんが不動産投資をはじめたきっかけを教えていただけますか。
23歳で結婚した時にマイホームとして横浜市住宅供給公社が昭和40年代の終わりに分譲した3DKの中古団地を購入しました。その後、25歳で小さな建売住宅に買い替え、30歳で土地を取得して輸入住宅建築を建て・・と、着実に住宅すごろくを進んでいたのですが、結婚13年目にして双子を授かり、マイホームより「定年後も入ってくる安定収入」のほうがよっぽど重要だということに、はたと気づきまして。
不動産業界で働いていると、家賃収入で経済的・精神的にゆとりのある生活をされている方と接する機会が少なからずありますので「不動産投資」を選択することは自然な成り行きだったと思います。
-不動産投資の種類や資産内容を教えていただけますか。
築30年(現在は築50年超(!))の横浜市金沢区の築古アパートを皮切りに、出口戦略・組合せ戦略を使いながら主に横浜から都内を中心に不動産投資を展開していきました。
現在では、中古・新築、木造・RC、一棟・区分、戸建や郵便局など多岐にわたるジャンルの物件に投資しています。現在保有しているのは8物件28戸で総額 3億3,000万円。残債は約7,000万円。年間家賃収入2,660万円に対して返済比率は約20%で税引後キャッシュフローは約1,500万円という感じです。
-一般的に返済比率は50%以下が理想といわれますので、とても健全な収支ですね。どのように不動産投資を組み立てていますか。
不動産投資の組み立ては、①スタート=自己資本②ゴール=キャッシュフロー③そこに至るまでの期間の3要素で決まります。私が20年前に設定した3要素に基づくグランドデザインは①300万円②1000万円/年③20年でしたから、基本的には予定通りになりました。あとは物件を入れ替えたり、バリューアップしたり、繰り上げ返済したりと、より最適化していくことを考えています。
不動産投資は際限なく拡大していくことも可能ですが、それに伴うリスクも併せて拡大していきます。そして、そのリスクは地域経済の縮退による雇用環境の変化だったり、建物の老朽化に伴う維持管理コストだったり、あとから効いてくるものが多く、それを踏まえた投資判断を行わないと、撤退を余儀なくされる場合があります。不動産投資はそこから得られるインカムやキャピタルによるキャッシュフローを目的とする場合がほとんどだと思いますが、「お金」はモノやサービスや時間と交換する道具にしか過ぎませんし、「不動産投資」はその道具を生み出す仕組みにしか過ぎません。
自分が本当に欲しくて必要な「モノやサービスや時間」のためにいくらのお金が必要かということを自問しながら、自分自身のリスク許容度と相談しながら投資を作りこんでいます。
昔観た映画(フォレストガンプ)に「必要以上のお金は見せびらかすためのお金」というセリフがありそれを自戒の言葉としています。
-どのような物件を狙っていますか。
収益不動産の売買を仕事にしていますので物件は顧客優先というのが大前提になります。社員の資産形成も応援していますので、次は社員。そして最後に私という順番。そのため、私にまわってくるのは難易度の高い物件となります。
不動産市場の分析に必要な4つの要素は、賃料・物件価格・着工数・ストック
-猪俣さんのコンサルタント先には、官僚、有名大学の教授、放送局や出版社の役員など経済やビジネスの感度が高い人が多いそうですね。
そうですね。他には、外資系ファンドのファンドマネージャーや証券会社・金融機関に務めている方々もいます。こういった専門家から相談を受ける理由は、私が経験則や感覚ではなく、数値や理論でお話するからだと思います。
しかも私が用いるのは、自己流の理論ではありません。グローバルで使われている金融工学の理論を不動産投資に応用したものをベースにしています。
-専門家から相談を受けるということは、それだけ猪俣さんの提唱する理論や分析力の精度・確度が高いということだと思います。世界的に景気の不確実性が高まり、不動産市場の先行きが見通しにくい時期ですが、不動産投資家はどのようにマーケットと向き合っていくべきでしょうか。
「把放自在」という禅語があります。なにものにもとらわれることなく、つかむも放すも自由自在な心の持ちようを表したものですが、「先入観や成功体験にとらわれるな」と私は解釈しています。
マーケットは自分に合わせてくれませんから、自分が合わせていくしかありません。そのとき、自由自在に合わせていくために、市場分析や財務分析あるいは出口戦略や組合せ戦略といったベースとなる引出しは力になってくれるはずです。
いずれにしても、市場がどう動くかということは完全に予想することは不可能ですから、多くのデータをあつめ、分析してより精度の高い予想をしたうえで、そうならなかった場合でも大丈夫なB案も用意して取り組むといいでしょう。
そういった定量的な判断をするための手法を自分自身が取り組んだ物件をもとに具体的に紹介したのが『誰も書かなかった不動産投資の出口戦略・組合せ戦略』。不動産投資家のみなさんと、仕事として収益不動産を扱うみなさんのためのマニュアルとして書いたつもりです。
-具体的に、どのように市場分析をしていけばよいかわからないという読者が大半だと思います。市場分析の方法をひとつ教えていただけませんか。
では、米国の研究者ウィートンが提唱する「不動産市場の長期均衝四象限モデル」をご紹介したいと思います。この分析法を用いると、ご自身で不動産市場の先行きがつかみやすくなります。
端的にいうと、これは4つの象限がお互いに影響を及ぼして、不動産市場の均衝(バランス)が保たれるという考え方です。ちなみに象限とは、X軸とY軸でつくられる4つの平面座標で区切った領域のことです。
そして、不動産市場の均衝を保つ4つの象限とは〈1〉ストックと賃料の関係〈2〉賃料と価格の関係〈3〉価格と着工数の関係〈4〉着工数とストックの関係です。よりわかりやすくいえば、不動産市場は賃料、物件価格、着工数(新規供給量)、ストック(売り物件、空き物件)の4つの要素が影響しあって常時変化していくということです(下記の図参照)。
-となると、よく言われるような「株価が下がれば、あるいは、金利が上がれば不動産価格が下がる」といった単純な話ではないということですね。
不動産市場の予測では、対象期間も大事です。こういった分析法を用いても、先行きが予測できるのはせいぜい3〜4年程度でしょう。なぜなら、供給予想をする場合、建築期間が長いといわれるRC造の建物でも数年以内には完成しますのでその程度の期間に関しては戸数や面積の予測は経ちますが、その先となると予測は難しいということになります。
さきほどの分析法に話を戻すと、不動産市場は賃料、物件価格、新規供給量、ストックの4つがお互いに影響しながら、このように均衡を保っていきます。
- 賃料が上がると→投資物件の価格が上がる
- 投資物件の価格が上がると→賃貸物件の新規供給量が増える
- 賃貸物件の新規供給量が増えると→賃貸物件のストック量が増える
- 賃貸物件のストック量が増えると→賃料の上がりが止まる
これらと照らし合わしながら、分析したいエリアが現在、どの状況にあるかを考えていくと不動産市場の先行きが読みやすくなります。「不動産市場の長期均衝四現モデル」を用いた詳しい分析方法は、著作をご参照ください。
不動産投資は、知識の差が収益の差になる
-猪俣さんは、不動産投資のコンサルタントとして、日々投資家のニーズに触れていらっしゃいますね。現在(2022年12月)の賃貸物件マーケットの状況をどう感じていますか。
今、国内の不動産投資マーケットで存在感が大きいのは東アジアの富裕層ですね。個人レベルでも1億円の投資物件をキャッシュで購入するようなケースも珍しくありません。また、国内勢で存在感が大きいのは、地方の企業です。
-一般的に地方の企業は、コロナ禍で苦しんでいるイメージもありますね。
たしかに、大半の地方の企業は、コロナの影響で未だに本業が大変です。しかし、だからこそ、本業を安定化させるために、もうひとつの柱として不動産事業をしたいと考える地方の企業が多いんですね。
もともと大手企業、たとえば松竹、アサヒビール、TBS、朝日新聞などが不動産収入によってコロナ禍による本業の痛手をカバーしましたね。地方の企業がこういった事例を目の当たりにして、東京で収益物件を取得したいと考えるようになったのです。私の元にも実際に地方の企業からの依頼が多くあります。
-「東アジアの富裕層」や「地方の企業」が収益物件を求めるなか、個人の投資家はどう考え行動していくべきでしょうか。
そもそも、地方の企業と個人投資家では、購入対象の物件が違います。これを前提にしつつも、個人投資家は企業経営者などと比べて、融資のハードルが上がるわけですから、創意工夫をしていく必要があるでしょう。
不動産投資は、「知識の差が収益の差になる」という部分が非常に大きい。だからこそ、個人投資家には勉強をしていただきたい。知識が多いほど、打てる手が増えるのです。
不動産投資の出口戦略は「投資基礎」に基づき考える
-本のタイトルにも使われているとおり、不動産投資においては「出口戦略」を重視されていると思います。個人投資家が出口戦略を考える際におさえるべきポイントについて伺えますか。
今すぐに物件を売却したら手元に残るお金のことを「投資基礎」といいます。継続保有するということは売買をしていないものの、実質上、このお金をその物件に再投資するということなんですね。別の言い方をすると、他の投資に振り替える機会損失を受け入れるということになります。
その投資基礎(=自己資本)に対して得られる税引後キャッシュフローが振り替え可能な他の投資に比べて大きければ「継続保有」、小さければ「売却出口」というのがひとつのモノサシになります。
-出口戦略を判断する際の投資効率の計算方法なども著作で紹介されていますね。出口戦略を理論でしっかり判断されたい方はぜひ著作を手にとってみてください。本日はいろいろご教示いただき、ありがとうございました。
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