事業用賃貸借における原状回復
宮川敦子
宮川敦子
弁護士(東京弁護士会)
慶應義塾大学法科大学院修了。不動産トラブルに関する業務、家族信託・遺言作成業務などをはじめとする多岐の分野に携わる。

【相談】借主であった私は原状回復工事を行うことなく賃貸物件を明け渡したところ、貸主も原状回復工事を行うことなく、賃貸物件を第三者に売却しました。このような場合、借主の原状回復義務は消滅すると考えてよいのでしょうか。

私は、飲食店を経営する目的で、1軒屋を借りていました。

この度、新型コロナウィルスの影響で閉店せざるを得なくなり、賃貸借契約を解除して、明け渡すことになりました。

退去するにあたって、貸主から、賃貸借契約書の条項に基づき原状回復をして明け渡すよう指示がありましたが、原状回復の内容について貸主と揉めてしまい、結局、原状回復工事を行わないまま引渡しを行いました。

なお、賃貸借契約書においては、借主が、原状回復工事を行った上で、目的物を引き渡す旨の規定がありました。

その後、貸主は、対象物件の原状回復工事を行うことなく、そのままの状態で売却をしました。

貸主も、対象物件の原状回復工事を行わなかったにもかかわらず、私に対して原状回復の債務不履行に基づき損害金を請求してきております。

貸主も原状回復工事を行うことなく、対象物件をそのままの状態で売却した以上、私はもはや原状回復義務を負わなくてよいのではないのでしょうか。

【回答】借主が原状回復工事を行わなかったことで、売却時の対象物件の価値が低く見積もられ得ます。このような場合、借主の原状回復義務は消滅していないとされ、貸主(売主)が被った損害を借主が賠償しなければならないと判断される可能性があります

借主が原状回復工事を行わなかったことで、対象物件の価値が低く見積もられ、売主(貸主)と買主との間の代金決定に、少なからず影響を及ぼしているものと考えられます。

そのような場合、借主の原状回復義務は消滅していないとされ、売主(貸主)が被った損害を借主が賠償しなければならないと判断される可能性があります。

【解説】

原状回復義務について

貸室を利用すれば、室内の床、壁、設備などには、汚損や損傷が生じます。

賃借人が貸室を明け渡すときに、賃借人は、通常、契約の内容に応じて、貸室の汚損や損傷を修繕するなどの対応をしなければなりません。

原状回復工事が行われなかった場合、原状回復義務は消滅するのか。

契約書において、賃借人が一定の原状回復義務を負っていたにもかかわらず、賃借人が原状回復義務を行わず返還し、かつ、賃貸人も原状回復工事をしなかった場合、賃借人の原状回復義務は消滅したと考えてよいのでしょうか。

賃借人の側からすると、結局、原状回復工事が行われなかった以上、原状回復費用は発生しておらず、賃借人の原状回復義務は消滅したと主張したくなるお気持ちも分かります。

しかし、この点について、賃借人の原状回復義務は消滅していないと判断し、賃借人の損害賠償義務を認めた裁判例がありますので、ご紹介いたします。

東京地方裁判所平成28年11月24日判決

【事案の概要】
借主であった被告は、韓国料理店を営む目的で対象物件を借り受け、対象物件において韓国料理店を営むことができるように工事を行いました。
賃貸借契約書においては、借主は、退去時に原状に回復した上で、明け渡さなければならない旨が規定されていました。
しかし、被告は、明渡し時に対象物件の原状回復工事を行うことなく、貸主であった原告に対し明渡しを行いました。
その後、原告は、明渡しを受けた対象物件について原状回復工事を行うことなく、第三者に売却しました。
上記経緯において、原告が被告に対し、原状回復の債務不履行に基づき損害金を請求したところ、被告は、結局、原告も原状回復工事を行っておらず、原状回復費用が発生していない以上、被告の原状回復義務は消滅したと主張しました。

【判断の内容】
裁判所は、「被告は、主に韓国料理店を営業するために、本件建物につき変更を加えたところ、」「退去時に原状回復を行わなかったことによって、本件建物を原告から購入した者は、相当程度の工事を余儀なくされ、このような事情は、原告と購入者との間の売買代金にも反映されたとみることが自然である。」と判断しました。
原告が被った損害額の算定に関しては、被告が原状回復工事を行っていれば要した費用を基に算定が行われました。

本件について

本件において、貸主も原状回復工事を行わず、そのままの状態で対象物件を売却した以上、借主が原状回復費用を負担するのは不合理であるというご相談者のお気持ちも理解できます。

ただし、対象物件を購入した第三者が、結局、原状回復工事を行わなければならい状態なのであれば、売却時の物件の価値は、原状回復工事が行われていた場合の価値と比べて、当然低くなります。

そうなると、売主と買主との間の売買代金の設定において、原状回復工事が行われていない事情は、重視され、原状回復工事が行われていないことを前提とした価格設定がなされることになります。

上記判例の考え方に基づくと、売主(貸主)が売却代金の決定の点において損害を被っている以上、原状回復義務を履行しなかったご相談者が損害賠償しなければならないと判断される可能性は高いものと考えます。

本記事は不動産投資DOJOの転載記事になります。
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