将来、親が認知症になったとき、持ち家や所有地などの不動産をどうすべきか心配な人もいるでしょう。親の認知力があるうちに家族信託の契約を交わしておけば、たとえ認知症になっても子が財産を管理・売却することが可能に。また、不動産を子が活用して、親の介護生活を安定的に支えることも可能です。
目次
2021年段階で認知症の人の保有する住宅数は220万戸超
はじめに、家族信託に関連する情報として、「認知症の人の保有する住宅数(持ち家)の試算値」を確認してみましょう。第一生命経済研究所が割り出した試算値は次のとおりです。
年 | 認知症の人の 保有する住宅数 |
2018年 | 210万戸 |
2021年 | 221万戸 |
2025年 | 244万戸 |
2040年 | 280万戸 |
2018年と2040年を比較すると、認知症の人の保有する住宅数は70万戸も増加。事態の深刻さがうかがえる結果になっています。
家主が認知症になったまま家に住み続けると火事や事故が発生するリスクがあります。また、意思能力を低下させたまま介護施設に移ってしまうと、家が売却できずに長期に渡って空き家になるリスクも考えられます。
同研究所では、この空き家問題を解決する手段として「家族信託の利用をはじめ事前に対策を取っておくことが肝要」と提言しています。
家族信託とは、本人の認知力があるうちに家族に財産管理を任せる仕組み
家主が認知症になると、不動産や金融資産を本人の意思で売却をするのが難しくなります。事前の対策を講じていなければ、たとえ子であっても、財産の処分を勝手にすることはできません。その結果、財産が事実上の凍結状態になってしまいます。
認知症の方の不動産や金融資産を管理する仕組みとしては「成年後見制度」が知られますが、広く浸透していないのが実情。日本経済新聞では「使い勝手の悪さなどから21年末時点の利用者は患者の4%に満たない(2022年7月2日付)」と報じています。
こういった状況のなか、注目されているのが家族信託。これは、本人の認知力(外界を認識する能力)があるうちに、信頼する家族に財産管理を任せる契約のことです。
家族信託に関わる3つの立場(委託者、受託者、受益者)
家族信託を視野に入れてご家族での話し合いを進めるなら、この仕組みの構成を覚える必要があるでしょう。家族信託は次の3つの立場から構成される、民事信託の1種です。
- 委託者:財産を託す人
- 受託者:託された財産を管理・処分する人
- 受益者:財産から利益を受ける人
認知症になることを想定した家族信託の典型は、親が「委託者」と「受益者」両方の立場となり、子が「受託者」になるようなパターンです。このほか、委託者と受益者が別々の人になるパターンも考えられます。
家族信託で親が所有する不動産を管理するメリット
家族信託で委託者が所有する不動産(住居・土地)を管理するメリットとして、次の3つが挙げられます。
*ここでは、委託者と受益者が親、受託者が子のケースを中心に解説しています。
メリット1.自宅や土地を賃貸経営に活用できる
家族信託では、委託者(親)の財産を受託者(子)が契約の範囲内で活用できます。たとえば、親が介護施設に入居したあとの住居を賃貸物件に転用したり、親の所有地にアパートやマンションを建てたりすることが可能です。
このような不動産の活用で得た家賃収入を親の医療費や介護施設の入居費などにあてれば、金融資産を減らさずに長期間、安定的に生活を支えやすくなります。
なお、成年後見制度の場合、リスクのある資産運用は認められないケースが多く、住居が空き家になったり、所有地が空き地になったりする可能性があります。不動産との相性でいえば、家族信託のほうが使いやすい制度といえるでしょう。
メリット2.相続トラブル回避に役立つ
家族信託では、受益者(親)が亡くなった後に遺された財産の承継先などを指定することが可能です。つまり、遺言に近い形で活用することもできるのです。
たとえば、住居を転用した賃貸物件や、所有地に建てたアパートやマンションを委託者・受益者(親)がなくなった後に受託者(子)に継承することもできます。このように、家族信託の契約書にあらかじめ不動産の承継先を盛り込んでおけば、相続トラブル回避に役立ちます。
メリット3.不動産を売却することもできる
委託者(親)の所有地を賃貸経営に活用するほか、売却することも可能です。このお金を親(受益者)が介護施設に入るときの入居一時金にあてることも可能です。
家族信託で親が所有する不動産を管理するデメリット
一方、家族信託で委託者が所有する不動産(住居・土地)を管理するデメリットとして、次の3つが挙げられます。
デメリット1.話し合いに抵抗を示されることがある
家族信託は、「親が将来、認知症になること」を前提に話し合うことで契約を実現できます。ご家族が何でもオープンに話し合う関係であれば問題ありませんが、親が悪いことを話し合いたくない気質であれば、話し合いが進まない可能性があります。
デメリット2.契約書作成や運用開始手続きに手間がかかる
家族信託の契約書を作成するには、この分野にくわしい弁護士、司法書士、税理士などの専門家の支援が必須です。加えて、リスクのない形で運用するには、契約書を公正証書で作成したり、信託口口座を開設して分別管理したりといった手続きもかかります。
このような面倒な手間を省いて、家族信託をはじめてしまうと後々、裁判で無効になる可能性もあるため注意が必要です。
デメリット3.設定を間違えると贈与税が発生する
家族信託では、利益を得る受益者を誰に設定するかで、贈与税が発生する場合としない場合があります。理解不足のまま利用して「贈与税がかかってしまった」という結果にならないよう注意しましょう。
*くわしくは次項以降をご参照ください。
家族信託で不動産を管理した場合の2つの利用例を比較
ここまでの内容で、家族信託の基本的な内容についてはご理解いただけたと思います。次に、家族信託を不動産(所有地)の管理で活用した場合の2つの利用例を比較してみましょう。
家族信託の不動産での利用例:委託者と受益者が同じ
親を「委託者 兼 受益者」に決定し、子を「受託者」に設定するようなケースでの家族信託の利用例です。たとえば、委託者である親の所有地を受託者の子に信託。所有地に賃貸物件を建て、その家賃収入を受益者の親がもらい、本人の介護費用にあてるといった利用例です。
この場合、親本人のための信託であり、子は財産を管理・運用する立場なので、贈与税は発生しません。
家族信託の不動産での利用例:委託者と受益者が異なる
同様に、委託者である親の所有地を受託者の子に信託して賃貸物件を建てる場合でも、家賃収入を親以外の人がもらってしまえば(受益者を親以外にすれば)贈与税が発生します。この場合は、受益者のための信託になるからです。
家族信託を相続対策で活用するためのポイント
家族信託を相続対策で活用する場合、「委託者と受益者を同じ」に設定するのが一般的です。理由は前述のように、こちらを選択すると通常「贈与税が発生しない」からです。
ただし、「孫に財産を早めに渡したい」などの理由で、委託者(祖父)、受託者(子)、受益者(孫)を別々に設定したいようなケースもあるかもしれません。いずれにしても、家族信託が実行されてからでは修正が難しいため、税理士に相談してから契約内容を決めることをおすすめします。
「定率法+不動産の活用」で親の介護生活を安定的に支える
親の認知症を前提にした家族信託は、介護期間が長くなることを想定して、資産が減りにくい形で活用していくことが大事です。資産の取り崩し方には、一定額を毎年取り崩していく「定額法」と、残高の一定割合を毎年取り崩していく「定率法」があります。このうち、資産が減りにくいのは定率法(または両方の組み合わせ)といわれます。
この資産の取り崩し方に加えて、委託者(親)の住居や所有地などの不動産を受託者(子)がうまく活用することで、資産をさらに維持しやすくなります。家族信託を検討する際は、「親の介護生活を安定的に長く支えられるか」を意識することが重要といえるでしょう。
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