建物や設備を維持するには定期的な修繕が必要です。修繕費用は経費として計上できますが状況によっては、同じ修繕にかかった費用でも「資本的支出」として扱わなくてはならないこともあります。この判別を間違えると税務調査時の否認リスクが出てくるため注意が必要です。「修繕費」と「資本的支出」の正しい考え方を解説します。
目次
1.「修繕費」と「資本的支出」の意味の違いは
まずは「修繕費」と「資本的支出」それぞれの言葉の意味を定義してみましょう。
1-1.修繕費――原状回復するために使った支出
修繕費を一言で分かりやすくいえば「元に戻すための費用のこと」です。国税庁では、修繕費の定義を「資産を維持管理するため、または、き損した資産を原状回復するために使った支出」としています。修繕費はその全額を支払った年度の必要経費として計上することが可能です。
1-2.資本的支出――資産価値や耐久性を高めるため使った支出
国税庁では、資本的支出の定義を「固定資産の修理・改良などのために出したお金のうち価値や耐久性を高めるために使った支出」としています。修繕費と同じように建物や設備の修理・改修に使ったお金であっても、その結果、資産価値の向上や耐久性が増したなら資本的支出とみなされるということです。資本的支出に当たる場合には全額をその年の経費にはできません。
そのためいったん「固定資産(建物や設備)」へ計上して耐用年数に応じて減価償却費に算入します。当然ながら短期的には資本的支出よりも修繕費のほうが経費の額が増えるので節税につながりやすくなります。
2.修繕費か資本的支出か、分からない場合はどう判定する?
修繕費と資本的支出の違いを理解しても実際に判別するときに微妙な局面も多々あります。そのような際は、国税庁で定めている要件に照らし合わせて判別すると分かりやすいでしょう。
2-1.修繕費と資本的支出を判別する要件とは
明確な指針として国税庁では以下に該当する場合は修繕費扱いにしてよいと解説しています。
- ・修繕にかかった費用が20万円未満だった場合
・修繕の周期がおおむね3年以内の場合
上記のうち「修繕の周期が3年以内」の内容がなぜ修繕費扱いになるのでしょうか。その理由は3年以内に繰り返されるということは、修繕の可能性が高いと判断できるからです。ただ上記の2つの要件だけですべてのケースが判別できるわけではありません。「修繕費として扱うか」「資本的支出として扱うか」が微妙な場合は、次の要件にあてはまれば修繕費として経費計上が可能とされています。
- ・支出額が60万円未満だった場合
・前期末における取得価額の10%相当額以下である場合
2-2.法人は割合基準(7:3基準)でも判別できる
法人の場合に限りますが「割合区分」と呼ばれる方法を継続して採用することで「資本的支出7:修繕費3」の割合で経費計上することも可能です。
2-3.災害で被害を受けた固定資産の区分の特例
資本的支出と修繕費の判別を行うときに覚えておきたいのは、災害の場合の資本的支出と修繕費の関係です。被災を受けた資産の原状回復のための費用は修繕費に該当します。ただし「資本的支出か」「修繕費か」について判別しにくい場合は、その金額の30%相当の額を修繕費、残りの70%を資本的支出として処理できます。
3.パッと判別!修繕費と資本的支出フローチャート
ここまでの内容で「修繕費と資本的支出の意味や基本」は理解できたのではないでしょうか。しかし実際に判別するときは迷うケースも多いでしょう。以下のチャートを利用するとかなり分かりやすくなります。
4.修繕費と資本的支出どちらになる? 10のケースから学ぼう
修繕費と資本的支出の違いをより深く理解するためにさまざまなケースでどちらに判別されるのかを見ていきましょう。
4-1.ケース1:アパートの壁紙(クロス)を張り替えた
クロス張り替えは原状回復のための支出なので「修繕費」に該当します。例えば壁紙張り替え費用が100万円単位などの高額になっても「修繕費」であることに変わりはないと国税庁で例示を挙げて解説しています。ただし「元の壁紙よりも上質なものにした」「消臭機能のあるものにした」といったケースでは、通常の維持管理の範囲を超える可能性もあるため仕分けに注意すべきでしょう。
4-2.ケース2:台風や災害で破損した屋根を直した
まず前提として屋根を直した場合、修繕費になることもあれば資産的支出になることもあります。修繕費扱いになるのは、原状回復のための修理や屋根まわりの防水工事などです。一方、資本的支出扱いになるのは、元の屋根より耐用年数の長いものを選択したような場合です。また同じ雨漏り修理でも判断が分かれることがあります。
修繕費扱いになりやすいのは雨漏り箇所を部分的に直したときや、一番安価な方法で直した時などです。一方個別に修理ができたにもかかわらず屋根全体をカラートタンで覆ったときなどは資本的支出になる可能性があります。加えて災害で被害を受けた固定資産を原状回復するときには、その金額のうち30%を修繕費として処理できる特例があることにも留意したいところです。
4-3.ケース3:アパートの外壁を塗装し、あわせて防水加工を施した
前出の屋根の修理と同様「修繕費」と「資本的支出」の両方に仕分けされる可能性があります。単純に元の外壁と同レベルの塗料・材料を使用したときは当然ながら修繕費です。しかし元の品質よりもグレードの高い塗料・材料を使用した場合は、資本的支出扱いになる可能性も出てきます。なお外壁を保つのに必要な一般的な防水加工はいずれの場合も修繕費になる可能性が高いでしょう。
4-4.ケース4:地盤沈下した土地を回復させるために地盛りした
国税庁では「地盤沈下したときの地盛り費用は修繕費に含まれる」と明記していますが次のような費用は修繕費から除外されると解説しています。
- 土地の利用目的の変更
- その土地の価値を増加するために地盛りを行った場合など
4-5.ケース5:建物に外階段を新たに取り付けた
外階段の取り付けはその固定資産の価値を高めるような支出のため「資本的支出になる」と国税庁で明記しています。
4-6.ケース6:用途変更のために模様替えをした
こちらも外階段と同様です。維持管理などとは直接関係ない支出のため「資本的支出になる」と国税庁で述べています。
4-7.ケース7:古いエアコンをスマホで操作できるものに交換した
上記のようなケースも資本的支出と修繕費を混同しやすいです。冷暖房設備は減価償却資産の対象となる附属設備であり、さらに今回は元からあったエアコンより高機能になっているため「資本的支出になる」と感じるかもしれません。しかし一つ(または1組)が30万円以下の工事は「少額減価償却資産」としてその年度で一括計上することが可能です。
ただしこの制度には、「対象者が青色申告者」「1年間で計上できる費用の上限が合計300万円まで」といったルールがあります。
4-8.ケース8:建物の解体、移築、設備を移転した
これらの費用については国税庁で「修繕費に含まれる」と定義しています。ただし解体移築は、旧資材の70%以上が再使用でき、さらに旧資材をそのまま利用して「元の建物と同一の規模、または同一の構造の建物を再建築するものに限る」とされています。
4-9.ケース9:共用部の蛍光灯を蛍光灯型LEDに取り換えた
共用部の蛍光灯を蛍光灯型LEDに取り換えた場合、元の照明に比べて「消費電力が少ない」「寿命が長い」といったメリットがあるため、一見すると「資本的支出に該当する」ように感じられます。しかし国税庁の解説では「蛍光灯の性能が高まったことをもって建物附属設備として価値などが高まったとまではいえないと考えられるため、修繕費として計上するのが相当」といった解説をしています。
4-10.ケース10:従来型の古いキッチンを新たなシステムキッチンに交換した
賃貸物件のシステムキッチンを交換する場合、前回の施工から年月が経っているとまったく同じモデルが設置できないことも考えられます。ただ「ほぼ同程度の広さ」「機能」「価格帯」のものであれば修繕費扱いになるでしょう。しかし従来型の古いキッチンを新たなシステムキッチンに交換して80万円かかった場合は、建物の価値を高め耐久性が増してしまいます。
そのため「資本的支出に該当する」とした事例もあるため注意が必要です。
5.修繕費と資本的支出の会計処理の違いは?
修繕費、資本的支出のどちらで扱っても経費として計上されることに変わりはありません。ただ違うのは「経費計上される期間」です。修繕費の場合は、対象の年度(単年)で経費計上されますが、資本的支出の場合はそれぞれの耐用年数に応じて減価償却をしていきます。仮に減価償却の期間が10年であれば10年間にわたって経費計上を行うのです。
6.修繕費と資本的支出は目的に応じて使い分けよう
ここでは修繕費と資本的支出の基本やケーススタディなどについて解説してきました。分かりやすく一言に集約すると「原状回復(失った機能を元に戻す)のための費用であれば、たとえ高額であっても修繕費に該当する」と考えればいいでしょう。修繕費を多く計上すればそれだけ所得が圧縮されて節税につながります。
ただし修繕費にできるからといって「必ずしも修繕費として処理しなければならない」というわけではありません。例えば翌年新たに物件の購入を考えているときは、「あえて修繕費ではなく資本的支出として計上する」という考えもあります。所得が増えて支払う税金は増えてしまいますが、決算書としての見栄えはいいため、銀行融資がより有利に働く可能性があるからです。
つまり節税をしたいときは「修繕費」を使い、融資対策で決算書の見栄えを良くするためには「資本的支出を使う」というように使い分ければいいのです。
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