人間の理想的社会を都会で実現「ユートピアン・アーバニズム」
(画像=evenfh/Shutterstock.com)
アレン琴子
アレン琴子
国際コンサル企業などの翻訳業務を経て、ファイナンシャルライターに転身。現在は欧州を基盤に、複数の大手金融メディアで執筆活動中。国際経済から投資、資産運用、FinTech、ビジネス、行動経済学まで、広範囲に渡る「お金の情報」にアンテナを張っている。

全ての生き物が幸福に暮らす夢の楽園、ユートピア。「ユートピアン・アーバニズム(Utopian Urbanism)」は、人間の夢想する理想的社会を都会で実現しようという試みです。

偉大なる人文主義者のユートピア像

日本語では「ユートピア的都市主義」と訳されるユートピアン・アーバニズムは、1518年に出版されたトーマス・モア卿の著書『ユートピア』で定義された概念に基づいています。ユートピアは大西洋の架空島の名前であり、完全な社会的、政治的および法的システムを備えた理想的なコミュニティの本拠地です。初版はラテン語で書かれています。

偉大なる人文主義者、学者、教会長として社会に強い影響を与えたモア卿のユートピア像は、「私有物がなく、誰でも自由に出入りできる家」「午前中、午後にそれぞれ3時間ずつ働く労働制度」「個人の繁栄を追究しない真の共和国」といったものでした。20世紀に入り、ユートピアにインスピレーションを受けたアイデアが続々と生まれます。

近代都市計画の先駆者、英国の社会改良家エベネザー・ハワード卿による「ガーデン・シティ(田園都市)」、近代建築の巨匠ル・コルビュジエによる「ヴィラ・ラジアーズ(光を放つ都市)」、コルビュジエと肩を並べるフランク・ロイド・ライトによる「ブロードエーカー・シティ」などが、その代表例です。

都市の構造を機能性ごとに仕切る

「ユートピアの概念に基づく都市デザイン」というと、壮大な自然に囲まれた幻想的な風景が頭に浮かびます。しかし現実の世界では、人々の生活から産業やビジネスを完全に切り離し、自然で埋め尽くすことは不可能です。ユートピアン・アーバニズムは、住宅地と事業区域を完全に分離する一方で各機能分野を道路網で結ぶなど、都市の構造を機能性ごとに仕切ることで、現代のユートピアを実現するという近代都市のコンセプトです。

例えば、1920年代に発表されたヴィラ・ラジアーズの構想は、都市全体が対称的で標準化されています。中心部のビジネス地区は、地下通路経由で別々の住宅地と商業地帯に接続されており、住宅タワーは専用のコインランドリーや屋上幼稚園や遊び場などが設置された、「垂直型の村」として機能しました。居住者は工業地区から離れ、平和で静かに暮らすことができるというわけです。

ユートピアン・アーバニズムの欠点

残念ながらガーデン・シティやヴィラ・ラジアーズが、実際に建設されることはありませんでした。カナダの都市計画家ユーリ・アーティビーズ氏は実現しなかった理由について「現代の都市主義者の観点からすると、これらのユートピアン・アーバニズムには重大な欠点があった」と述べています。都市部への人口集中化が加速する現代社会では、単一の都市計画で何百万、何千万もの人々の需要を予測することは不可能です。

現実の都市は常に有機的に成長し、時間とともに社会の多様性を反映する必要があります。

数少ないユートピア都市、ブラジリアとチャンディーガル

ブラジルの首都ブラジリアは、現在までに建築された数少ないユートピア都市の一つです。同国を代表する近代建築家兼都市開発家ルシオ・コスタのアイデアが、1956年に開催された「ブラジル都市計画大会」で認められ、同じく著名建築家のオスカー・ニーマイヤーが設計を手がけました。自然を取りまくように道路が曲線を描き、その周囲に建物がそびえ立つブラジリアのデザインは、一見精巧な模型のようにも見えます。

また、コルビュジエが自ら全体的なレイアウトを作成したインド北部のチャンディーガルは、ヴィラ・ラジアーズのコンセプトを引き継ぐ「近代ユートピア都市」です。さまざまな機能分野を「都会の村」として区別し、高等裁判所から国会議事堂、事務局、オープンハンド・モニュメント(てのひらの形をしたオブジェ)など重要な建築物も、コルビュジエが手がけました。

「コルビュジエ自身は完成した都市に満足していない」とされていますが、ユートピアン・アーバニズムのフレームワーク作りに貢献した事実は揺らぎません。

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