賃貸経営につきもののトラブルの1つに、退去時における原状回復があります。敷金の返還やリフォーム代の請求に関して、オーナーと入居者との間にいさかいが起こる例は後を絶ちません。独立行政法人国民生活センターに寄せられる「賃貸住宅の敷金・原状回復トラブル」の相談は2005~2018年で毎年1万件を超えています。今回は、原状回復のトラブルを防ぐために「オーナーはどんなことができるのか」について解説します。
トラブル解決の基本から応用までが書かれたガイドライン
原状回復に関するトラブルを事前に回避するために、国土交通省は「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を公表しています。法律のような強制力はありませんが、裁判例や契約実務を考慮して作られているため、指針として大きな影響力を持っています。ガイドラインの大事なポイントは、「経年劣化分はオーナーが負担する」ということです。
同省の「賃貸住宅標準契約書」をはじめ、入居者が退去するときには、借り主が「原状回復」する義務を負うのが一般的です。原状回復とは借りた当時の状態に戻すことをいいます。しかしガイドラインにおいては、入居した当初の状態に戻すことまでは求められていません。内装や設備の傷み具合が、居住していた期間にふさわしいものであれば、入居者に負担を強いることはできないと考えます。
この場合、リフォーム代として敷金の一部を使ったり、入居者に請求したりすることはできないのです。このほか、契約書のひな形やトラブル事例集、解決方法、入居者に請求できる可能性のある部分の計算方法など、約170ページにわたって記載されています。ほとんどの管理会社は、このガイドラインに沿った対応をしているはずです。賃貸物件のオーナーにとっても、一読する価値はあるでしょう。
退去時よりも入居時の対応が大事
トラブルはオーナーと入居者との理解や認識の行き違いによって生じます。未然に防ぐためには、入居する時点で、内装の傷み具合や契約内容について、よく確認しておかなければなりません。ガイドラインではこのような考え方にもとづき、入居時と退去時のそれぞれの時点でチェックリストを使った具体的な傷の確認をすすめています。
このチェックに入居者とオーナー(または管理会社)の両者が立ち会うことの必要性にも言及しており、写真や図面への記入もすすめています。ただしチェックリストを利用し、契約書に明記したからといって、すべてがそのとおりになるわけではありません。入居者に不利な契約は、客観的な合理性があり、入居者自身が負担することへの理解を示している必要があると、ガイドラインは述べています。
「修繕費のどこまでがオーナー負担で、どこまでが入居者負担なのか」について入居の時点でお互いによく理解したり、その内容を書面に残しておいたりすることが、トラブル予防のポイントといえます。
最新事例をチェック!孤独死によるトラブルは?
ガイドラインは2011年に当時の最新事例を掲載し、改訂されました。その後も原状回復に関する裁判は多数行われています。現在テーマとなる事例について知っておけば鬼に金棒です。オーナーの頭を悩ます問題として、近年よく知られるようになったのが孤独死です。少子高齢化の中で増加が見込まれており、実際に、東京23区内における一人暮らしの高齢者の死亡者数は、2004~2016年までの12年間でほぼ倍増しています。
孤独死に関する原状回復の裁判例を一つ確認してみましょう。入居者が亡くなって約2ヵ月半の間、放置された事例です。(2017年9月15日東京地方裁判所判決)相続人である両親に対して、オーナーが原状回復にかかる費用と空室による損害賠償を請求しました。結果として裁判所は、原状回復費の支払いを入居者の両親に命じましたが、損害賠償については認めませんでした。
原状回復の内容には、「遺体が長期間放置されたことによって発生した臭いを消す」といったものが含まれ、通常よりも高額だといいます。この裁判例からは、孤独死によって多額の費用が発生した場合、原状回復の範囲内であれば、遺族に請求できるということがわかります。ただ空室損害の請求に関しては、「遺族の不注意によって入居者が亡くなったことに気づかなかった」というように、責任を立証しなければなりません。
なお孤独死に関する空室損害や原状回復費を保障する、いわゆる「孤独死保険」の発売が2018年ごろから相次いでいます。原状回復のトラブルを予防する策として、保険の存在を視野に入れておいて損はありません。入居者との交渉だけが問題解決の手段ではないのです。
入居時の相互理解を大切に
原状回復のトラブルを防ぐためにまず大切なことは、「どこまでが入居者の負担になるのか」について明確にしておくことです。そのためには、まず契約内容について理解してもらうことが必要になります。そして入居時点での内装や設備に関する傷や不具合に関して、オーナーと入居者がお互いに認識し、証拠を残しておくことが重要です。