株式相場を動かす「3つのロケット」と日米金融緩和の「出口戦略」

新型コロナウイルスのパンデミックが発生してから1年半以上が経過しました。現在、世界経済は順調な回復を見せていますが、実体経済の回復以前から世界的な株高が発生し、米国株相場は史上最高値の更新を続けるなどコロナ以前を上回る水準で推移しています。いま、世界の経済と株式相場に何が起こっているのでしょうか。慶應義塾大学大学院の准教授で、独自の鋭い切り口で知られる小幡績さんにうかがいました。

米国景気の好調はしばらく続くが、債務残高や住宅指標には要注意

――コロナ禍で世界的に景気が落ち込む中、米国を中心に世界同時株高の局面が訪れました。これについて、先生の見解をお聞かせください。

小幡(以下同じ) 昨年からの世界的な株高は、要はバブルです。コロナショック前にも、世界的な異常な金融緩和でバブルが膨らんでいて、今にも弾けそうだった。そこへコロナショックが起き、一旦は暴落しました。これは、以前のバブルが崩壊した部分と、コロナを恐れた部分があります。しかし、世界中で金融緩和をさらに限界を超えて行い、さらに財政出動が前代未聞の規模で世界中で行われた。これで、以前よりも大きなバブルが生まれたんです。
そして、現在では、世界的には、米国を中心に景気はかなり良好です。財政金融総動員に加えて、コロナで萎縮していた消費活動、生産活動が一気に噴出した。

昨年はロックダウンなどによってほぼ強制的に自宅への引きこもりを余儀なくされましたが、コロナという“タガ”が外れたことで、人々はいままでのうっ憤を晴らすかのような行動に出た、あるいはこれからも出るわけです。それによって再び感染者が増える状況に陥りましたが、昨年半ばからの急激な景気回復には、そうした消費行動の反動増が大きく影響しています。今後も、欧米では休日にバカンスに出る人たちが急増するでしょう。そう考えると、短期的には景気がいい状態が続くことになると思います。

――各国の金融緩和や財政出動も世界的な株高を演出したと言われています。

演出というより、それが殆どです。コロナ禍で行われた金融緩和はやりすぎとも言えるレベルでしたから、当然、やり過ぎたものを元に戻す必要があります。米国の財政出動については、共和党のトランプ政権はとにかく現金をばらまきました。現在のバイデン大統領はさまざまな財政出動策を打ち出してはいますが、教育や福祉などに関する財政出動は、景気や株式相場にはマイナスに働く可能性があります。

というのは、教育や福祉などの政策を手厚く行うには、それだけの財源が必要になってきます。財源を確保するために、法人税や富裕層に対するキャピタルゲイン(株式など金融商品の値上がりによる利益)課税の増税を打ち出していますが、これが実行されれば景気や株式相場にはマイナスでしょう。

――そうなると、米国の株式相場はこれまでのような右肩上がりの上昇は期待できないということでしょうか。

これまで、株式相場は「3つのロケット」によって加速度的に上昇していました。1つめは大規模な金融緩和、2つめは巨額の財政出動。そして3つめがワクチン接種の進展などを背景とした実体経済の回復です。このうち、今後は1つ目と2つ目はしぼむ方向に動いていきますから、株式相場にとってはネガティブですね。なぜ、いまだに株価の上昇が続いているのかというと、景気が想定以上にいいから。景気絡みの指標、ニュースが株式相場にプラスに働いているということだと思います。

この「短期的に景気がいい状態」は、すぐには終わらないでしょう。株が上がっているから中・高所得者層以上の懐は潤っていますし、コロナの蔓延で仕事を失っていた低所得層の労働者たちも復帰して稼げるようになっています。また、アマゾンやグーグルといった巨大IT企業は、コロナ禍を追い風としてものすごい利益を上げている。ロックダウンや自粛で自由にお金を使えなかった人たちは、コロナが落ち着いたタイミングでは派手に遊びたいと考えているでしょう。まだまだお金を使っていくはずです。米国では個人消費がGDPの約7割を占めていますから、個人消費が経済を押し上げる構図はもうしばらく続くと思います。

――個人消費が景気を下支えしているうちは株高も続きそう、ということですね。

すぐにこの状況は終わるということはないでしょう。ただ8月上旬、「米国の家計の債務残高が過去最高の水準まで膨らんでいる」というニュースが出ていました。米国人は基本的に“パーティーピーポー”なので、雇用が戻るよりも前にリボルビング払いなどで消費に打って出たわけです。債務残高がここまで増えてくると、これからは与信が厳しくなるかもしれません。また、米国では企業の債務残高もかなり積み上がっています。

コロナによって住宅建設は一時的に大きくしぼみましたが、その後は急激に拡大し、足元はやや失速気味です。お金が借りにくくなって、リボや住宅ローンも払えなくなり、企業も債務返済の負担が重くなれば、景気が急激に冷え込む可能性があります。そうなれば、先ほどの「3つのロケット」がすべてなくなってしまうことになりますから、株式相場も失速するはずです。個人の与信、企業の債務残高、住宅の3つに関係する米国の指標は注視しておくべきだと思います。

米国株に比べて日本株がなかなか上がらない理由

――日本に関してはいかがでしょうか? 日経平均株価は9月14日、ようやく今年2月につけたバブル後最高値を更新しました。

日本も景気は悪くはありません。米国とまではいきませんが、むしろ日本にしてはかなりいいと言っていいかもしれません。日本では消費の回復はいまひとつですが、輸出が好調のため、企業の業績は良好です。

そもそも、日本はコロナのパンデミックが発生した昨年の春先の時点で、コロナを必要以上に警戒してしまったせいで、景気が必要以上に悪化してしまいました。今年に入って景気が本格的に回復しかかったところに本当のコロナ禍が到来したので、他の国がV字回復を見せるなか、日本は少し回復した時点から足踏み状態になっています。だから、株価の上昇も米国に比べて遅れたんでしょう。

――日本の株式相場は「ほかの国が上がっても上がらずに、下がる時は一緒に下がる」というイメージがあります。

現在は日本でもようやくワクチンの接種が進み、緊急事態宣言が解除されましたが、欧米はそれよりも数カ月先にそうした状況が訪れています。この間、コロナに関して悪いニュースが出てくるのは日本だけでしたから、日本株買いが後回しにされてしまうのは仕方ないと思います。

そもそも、日本の株式相場には米国のGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)のような爆発的な成長を続ける企業が見当たりません。米国では、コロナ禍でも成長を続けるGAFAなどのIT企業が株式相場をけん引してきました。欧州ではGAFAレベルの企業はありませんが、それに準ずるような企業はありますから、それらが買われているわけです。そのような銘柄が不在なのも、日本の株式相場が上がらない原因のひとつでしょう。

――すでに米国では金融緩和のエグジット(出口)を探る局面に差し掛かっているにも関わらず、相場が大きく崩れていません。これはなぜでしょうか。

景気の回復が前提になっているのはもちろんですが、米国では金融政策にメリハリがあり、金融当局と市場との対話がきちんとできているのも要因のひとつだと思います。リーマンショックの際、米国のFRB(連邦準備制度理事会)はQE1(量的金融緩和の第一弾)、QE2(同第二弾)、QE3(第三段)と行ってきましたが、2014年の10月にそれを終え、2015年から利上げ(金融引き締め)に転じました。今回の金融緩和に関しても、出口政策に関する議題が株式市場で俎上に乗っています。

一方の日本では、1990年代後半から日銀がゼロ金利政策をとって以来、だらだらと金融緩和を続けていて、金融政策にメリハリがありません。黒田総裁が就任して、異次元緩和ロケットを発射した。これに株式市場は大きく反応したわけです。異次元緩和の是非はともかく、株式市場を上昇させるには強力な爆弾です。しかし、その後は、だらだらと、手仕舞わないまま、より弱い第二ロケット、第三ロケットと、緩和を拡大してきた。株価の反応も毎回弱くなっています。金融緩和中毒で、もう金融緩和はできないし、できたとしても、株価にすら効かなくなっている。そして、緩和を止めれば、禁断症状、緩和縮小が正しくても合理的でも、拒否反応が起こる。これが日本の株式市場です。

そもそも日本経済はデフレ状態ではない!

――それでは今後、日銀はどういった政策を取ればいいと思いますか?

現在の日銀のバランスシートはかつてないほど膨れ上がっています。これは明らかに異常な状態です。今年3月、日銀はようやくETF(上場投資信託)買いを見直しています。

市場では、これを「ステルステーパリング」などと呼んでいますが、日本らしい腰が引けたテーパリングだと思いますね。日銀は購入したETFを永遠に持ち続けているわけにはいかないので、いつか売らないといけないわけですが、すぐに買い入れは停止して、売却を開始すべきだと思います。ただし、一度に大きく売ると市場への影響が大きすぎます。しかし、1日10億円とか15億円とか、時間をかけてゆっくり売ればいいんですよ。

――それは株式相場にとってかなりのマイナス材料になりそうですね。

開始をアナウンスした時点で、日本株が売り浴びせられる可能性は高いです。日銀にしても、犯人扱いされますから、対応策が必要ですし、日本経済、日本市場にとっても、それをアナウンスすることでリスクプレミアムが急激に上昇するのを避けることは、正しくかつ必要な政策です。そこで、私は、ETFを売る代わりに株式指数の先物を買えばいいと思います。

いつまでもステルスでテーパリングをしていてもらちがあきませんし、堂々と持ち株を売ることを宣言すればいいんです。もっとも、日銀が先物を買うのは現状の法律ではおそらくできず、日銀法などの改正が必要になってきますから、やらないとは思いますけどね。

日銀が実質的に個別企業の現物株式を保有しているのは、株式相場にとって明らかに歪(いびつ)な状態です。日銀はETFを買うとき、個人投資家と同じように売買手数料を証券会社に払っているし、運用手数料も発生する。これまでどれくらいの手数料を支払ったのかはわかりませんが、注文を受けた証券会社は丸儲けでしょう。

――黒田東彦・日銀総裁の任期は2023年4月8日までですが、次の日銀総裁になる人はこれまでの大規模金融緩和の尻ぬぐいが大変そうですね。

米国のバーナンキ元FRB議長は明確なテーパリングを打ち出し、それによって一時的なショック安を相場にもたらしはしましたが、自分がまいた種(=金融緩和)を自分で収穫したのはいいことだと思います。先ほどは堂々と株を売ればいいとか、先物を買えばいいとか言いましたが、黒田総裁はステルステーパリングをやり続けるしかないでしょうね。日銀は、日本経済全体を見ているのではなく、自分の庭先を掃除することしか考えていない面があり、インフレ目標にこだわりすぎます。また円高恐怖症も強すぎます。デフレ回避のために、ということで異常な金融緩和を続けていくでしょう。

といっても、私はいまの日本経済がデフレ状態だとは思っていません。日本のインフレ率を見ると2006年に一時プラスに転じてからは、インフレ率がマイナスよりプラスになっている年のほうが多いんです。そもそも、日銀が目標とする「インフレ率2%」という数字にもまったく意味がないと思っています。現在の変動通貨制の下で、諸外国と同じ数字にインフレ率をそろえるのも意味がない。インフレ率は、為替相場の動向に大きく影響を受けるからです。日本経済がデフレスパイラルに陥っているというなら話は別ですが、まったくそういう状況ではありません。(後編に続く)

小幡 績氏
小幡 績
東京大学を卒業後、大蔵省(現 財務省)に入省。ハーバード大学にて経済学博士号を取得し、現在は慶應義塾大学ビジネス・スクールにて准教授を務める。専門は行動ファイナンス、コーポーレートガバナンス。著書に「すべての経済はバブルに通じる」「リフレはやばい」「GPIF 世界最大の機関投資家」など。

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